たまたま近所に住んでいたこともあり、そのホテルのことは以前から気になっていた。目黒通りには小さな家具店が点在していたから、家具の専門ビルにという発想にもうなずけた。喜び勇んで内見に出かける。築30年あまりが経って、時代に取り残された感は否めなかったが、デヴィッド・リンチの映像に出てきそうな、独特の世界観が漂っていた。
オーナーを前に、ふと口をついて出たのは、こんな質問だった。「家具専門のビルにするよりも、ホテルとして再生させるというプランは考えられますか?」
返ってきた答えはこうだ。「先代が想いを込めてつくったホテルです。ホテルとして生き返るなら、これほど理想的なことはありません」
あの問いがとっさに出たのは、偶然ではなかったのかもしれない。1984年、アメリカのホテルプロデューサー、イアン・シュレーガーは、フランス人デザイナーのアンドレ・プットマンと組んで、リノベーションホテルの先駆けとなるモーガンズをニューヨークに開業した。その後もフィリップ・スタルクとともに、ロイヤルトン、パラマウント、モンドリアン、セント・マーティンズ・レーンと、ブティックホテルを次々に送り出しては話題をさらっていた。洋書を貪るように読み込んでいた私は、その動きをつぶさに追っていた。日本にもこんなホテルがあればいい。常々そう思っていたのだ。
オーナーからいったんボールを預かると、すぐさま動き出した。事業主体には都市デザインシステム(現・UDS)、リノベーションのデザインにはインテンショナリーズ、オペレーションにはトランジットジェネラルオフィスに声をかけ、初動の座組みをまとめ上げた。
胸の内には、もうひとつの目論見があった。生まれ変わるこのホテルの最先端のインテリアに、伝統技術をインストールする。高岡で温めてきた構想を、このプロジェクトでかたちにできるかもしれない。